niime 百科
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niimeゆく年くる年2025-2026 〈くる年編〉
niimeゆく年くる年2025-2026 〈くる年編〉

2026 . 01 . 01
皆さま、新年明けましておめでとうございます!
令和8(2026)年、午年の本年も「niime百科」をどうぞよろしくお願いいたします。
〈大晦日の『ゆく年編』からの続き〉
ー昨年9月にOPENした新雌邸ですが、新年はどんな活用を?
玉木「もういよいよ変えようとしています。」
ー……。もう?……変えるんスか??
玉木「一年をめどに使い方を、ね。今は試し運転というか、満月と新月の日に限ってオープンしてるわけだけど、これまでtamaki niimeとして井戸を掘って色んなことを開拓して来た結果、やっと今、あらゆるパーツが揃った気がしてる。一箇所にこもってあれこれと掘り下げて来たんですけど、今年はいよいよ会社創立20周年ということもあって、なんていうの、パーンッ!!と弾ける感じ?」
ーといいますと…。
玉木「上比延町にあるノコギリ屋根の播州織工場跡を今改装してて、新たにlabが広がってそっちに丸編み機とホールガーメントの機械を動かして編みチームが移転するんですけど、それとともに、shopとstockroomを西側の津万地区に移そうかなと。」
ーおおっっとぉ!!新年いきなりの重大発表ですね。
玉木「これまではshop、lab、stockroomが同じ場所にあったじゃないですか?それを今年はパーンッ!!とこのエリア一帯に分散させようかなという構想です。今年2026年一年かけて、それが実現していくんじゃないかな。」
ーでは新雌邸にshopと…
玉木「新雌邸近くにある津万地区の別の物件が決まればそこをstockroomにできてshop&stockroomが川向こうへ行く。」
ーここで発表しちゃっていいんですか?
玉木「不確定要素もまだあるけど、いいよ別に。あとこの新年に向け馬が来ました。ばんえい競馬で走ってた『ばん馬』が昨年末に、まず三木市まで来てそこで調教を終えてウチにやって来るんですけど。」
ー午年に馬が。調教ってゆうのは競争馬を…
玉木「競争馬だった子を、まず乗馬用に、そのあと馬車用にという段階があるらしくて。」
ー馬車にするんですか??
玉木「荷物を運搬するねん。ピックアップされた作品を私が集荷しに回って。馬車での物流をすることにしました。面白いでしょ?」
ー……面白過ぎますけど。
玉木「スタッフ皆んなの顔も見て回れるし、話もできるし、離れても寂しくないでしょ。」
ーなんてゆうか、このエリアを馬車で結んで…
玉木「ぐるぐる回るの。」
ー新雌邸のshopがあって、stockroomがあって、編みチームのlabがあって…
玉木「紡績もあるし。」
ー分散するというのは、ここのエリア一帯に『niime村』が広がるというか。
玉木「まぁ、もともとそうしたかったんだけど、これまでは決めきれず。新雌邸で新しい試みも考えてはいるところだけど、素敵なところだから、ウチのスタッフにも使ってもらいたいし、作品も良い場所に行ったら気持ちいいんじゃないかと。」
ーはぁ~…。
玉木「で、動物さんエリアを開放して、私の家をつくる。奥にある今のstockroomに出払ってもらって、タマキハウスになる。動物さんと私のお家にしようと思ってる。」
ー……。そうですか…次から次へと…。
玉木「taberoomもそっちに移転しますよ。」
ー今のtaberoomはどうなるんですか?
玉木「ここはスタッフが休憩に使ったり、仕上げをする場所をこっちに移したりと考えてる。」
ーその分散というのは、玉木さんのヴィジョンとしてあったわけですね。
玉木「まぁ『niime村』と言い出した時から。『村とはなんぞや?』と訊かれ続けてはや何年…それぞれがそれぞれに収まる場所が決まったというか。えこひいきないように皆んながいっせいに散らばった方がいいんじゃないかなと思って。」
ー織りはそのままなんですね。
玉木「織り、縫製、仕上げ、検品、出荷…モノづくりはここ、今のshopのスペースにショールのストックをと。お客様にはどこででも買って頂けるようにしておけばいいと思っています。shop機能の本店みたいところは新雌邸に持ってこようと。それぞれの場所で、作品を購入したりお茶を飲んだりご飯を食べたりとかは出来たら良いと思うんですけど。それぞれがそれぞれで立つというか。ひと処でも完結出来るし、廻っても良いし、というのを構想としては持っています。」
ーなるほどぉ。
玉木「そのかわりにべったりと接客するというよりはコンビニ的になるかなと思うけど。たくさんのストックの中から自分のお気に入りを選んでいただくようにしようと。で、どうしても接客してほしい方は新雌邸に行って、コーディネート含めてお買いものを愉しんで頂ける場所にしようと。『うなぎの寝床』さんみたいなそんな感じかな。」
ーうなぎさんてどんな風な…
玉木「古民家をshopにしているという意味でイメージはそっちに近いかもしれない。で、部屋数も多いから部屋ごとにアイテムを変えてとか。色々と考えたんですけど、新雌邸の有効活用の方法としてはその方が手っ取り早いかなということになりましたー!!」
ー今の新たな構想をお聞きして、tamaki niimeを開いてゆく、みたいなイメージを感じました。
玉木「うんうん、そうですね、“開く”ですね。」
ーもうひとつはお客さまに回遊していただく…それも馬車に揺られて…みたいな。
玉木「頑張って練習しないといけないけどね(笑)。先ずは自分が馬に乗って移動出来るところまでは今年中にクリアしたいと思ってますけど。馬車は難易度は高いけど、私の今年午年の目標は、『馬に乗る』です!」
ー事故にだけは気をつけていただいて。
玉木「狼犬のシンとプードルのジジがこっちに来てから一緒に散歩することが増えたじゃないですか。歩く時間は私にとってすごく尊いし、脳が活性化して新たな発見の時間にもなってる。最近はスタッフの渡部さんも一緒に散歩に出かけることが増えて、渡部はシンで私はジジを連れて散歩しながらああでもないこうでもないとディスカッションする中で生まれるアイデアだったりの方が、よっぽど机を囲んでのミーティングよりもtamaki niimeの未来を変えてゆくような気がする。」
ーハタケ作業しながら面白いアイデアが浮かんだりもしますよね。
玉木「そうそう!自然の中にいた方が、脳みそは活性化するなって思うから。従来はどうしても『実るチーム』が草刈りするという風に担当者がやることになってて、他のスタッフは一切関わってなかったんですけど、昨春から『niimeの森』をつくったことで、皆んなで水やり・草刈りをするという。最初は不満もあったし本人たちはすごく大変だったろうけど、やってみたら、朝の清々しい時間とか、自然と触れ合える豊かなひとときを持ってもらえたってことは無茶苦茶良かった。で、少し寒くなってきて次のチャレンジが、動物さんたちのお守りを石倉ひとりでみてたんですけど、それを少し変えた方がいいと提案して、給食当番みたいに皆んなで動物さんにごはんをあげる。それ自体はそんなに難しいことじゃないから、今シフトが決まって朝7時くらいに来て、動物さんたちに餌をあげる時間をつくってもらって。そこから自然とのつながりだとか、豊かな時間というのを、汲みとってもらえたらな、というのが始まりました。」
ー「niime村」の村人としての、コミュニティを営む上での役割分担みたいな印象を受けました。
玉木「様子を観てると何かしらの一体感が生まれたり、何かしらの本人の中での癒しがあったり、良いことの方が多いなと思って。コツコツなんですけどね。集落の行事ごとなんかもそうなんだろうけど、結局それの積み重ねなんだろうなって。なるべく一人でやらせずに巻き込むというか。」
ーそうですね。
玉木「…ウチで生まれたアルパカのぜんちゃんが旅立ったんですよ、最近。病気じゃなくて怪我だったんですけど、なかなかやっぱり気付けないし、それに気付いたとて、私たちに処置できるわけではないんですよ。それが現実問題としてある中で、何か起こったらなるべく早く発見してどう対処するかを…自分の子どもが生まれたと置き換えてみて、ウチのスタッフにも、判断力というか、どうして良いかわからないことに直面した時にどうするか考える経験が持てるほど、人間てすごく進化すると思うから、想定内の決められたことをただこなすだけじゃない、ハプニングに対して皆んなで考え乗り越えられた方が強くなれるな…と思ったから。」
ーそのハプニング、想定外のことにどう向き合えるか、対処できるかって、あらかじめ与えられたわけではない突然の課題をどう解決できるか?というか…
玉木「羊さんが川で溺れてるとかもそうでしょ。どう救うか…」
ー玉木さん飛び込まれたって聞きました。
玉木「羊さんは自力で上がって来れないから…川に飛び込むくらい、私はなんの抵抗もないからいいんですけど、皆んななかなか飛び込んだりはしないもんなんだな、とは思った。」
ーとっさの場合に…
玉木「どうしようとフリーズするというか。瞬発的にはどうするかが出てこないってゆうか。それはどんな時でも、モノをつくってても、そういう緊急の場面は起こり得るだろうし。でも動物さん相手が一番そうゆうことが起こりやすいってゆうか、いつもこちらの想定を超えてきてくれるから、そういう意味では私は、人間力がすごく培われている気がする。」
ーう~ん……。その反応力というのは、反射神経というか、瞬時の身体性という気もしますね。動物目線、いきもの目線で生きていく。
玉木「…ウチって営業がいないじゃないですか。新しい取引先さんを開拓するとか、展示会に出るとか。それは酒井が最初の頃にはやってくれてたけど、途中からもうやらないって方針に切り替えたんですよ。なぜかと言ったら、激戦区ではない地方でこの会社を立ち上げてやる上で、モノづくりが好きな人は日本中から集められる自信はあったけど、営業が得意だったり販売力がある人をこの地に持ってこれる自信はなかったんですよ。金額的な面でも、都会の方がいい条件の仕事がいくらでもあるからチカラのある人はそっちへ行っちゃう。」
ーはい。
玉木「でもそこに重きを置きたくなかったし、置けなかったという現実で、戦略としてはどうやったらお客様に面白がってもらえるか?このブランドを好きになってもらえるか?をすごく考えて力織機を入れるという答えを出した、その時と同じように、動物を増やすってなった時も、もちろん、私がほしいと言ってもおいそれと集まってくるものじゃなかったんですけど、結果的には色んなご縁で動物さんに来てもらえるかもしれないってなった時に、私の中では力織機導入の次くらいにどうするかの決断を迫られたんです。このまま営業マンもなく、この田舎で燻ってたら、やっぱりどんどん売り上げが減るだろうなと。その中で、私は自分が動き回りたいわけじゃない、営業に回るタイプでもないし向いてない。」
ー…そこで熟考されたわけですね。
玉木「じゃ、何ができるか?自分が得意なことで、販売促進になる何かって考えた時に、コットン栽培を追求したように、同じく素材である動物の毛を追求することを自分に課すことで、幸せな羊さんの毛は愛おしい素材になるんじゃないかという実験をやってみようと。羊が日本に定着しないのは向いてないからだという説もあるから、それってホンマか?本当に日本の気候風土に向いている動物であるのかどうかも含めて、確かめてみる。それがアルパカだったりアンゴラヤギも入れたことでハードルは上がっちゃったし日々苦労してるんですけど、でもあきらめない。そんな大変さも含めて、私たちの挑戦に関心を持ったり、愉しんでくださるお客様もきっといらっしゃるのではと。」
ー動物たちとの暮らし、素材の追求をも含めてtamaki niimeを観て感じていただく。
玉木「販売促進にも繋げつつ、自分たちのモノづくりを深めつつ、スタッフも、薄っぺらい作品づくりじゃなくて、ちゃんと深みのある、価値のあるモノづくりとは何なのか?を自問自答してくれる環境づくりに徐々になってきてるな、という実感がある。だから、ほんとに私はウチのスタッフが育ってくれたなと思ってて、いちいち口出さなくても、勝手に自分たちでモノづくりを掘り下げて、ダメだよね、こうだよね、とやってくれるようになってきてるから、もうこの段階にたどり着いたんだったら、離れても大丈夫なんじゃないかと。その意味合いも込めて。」
ーこの場所をそれぞれに巣立つと。
玉木「各チームが切磋琢磨したり私がアドバイスしたりする時間をなくすことが良いとは思わないけど、週に一回でも顔を合わせてコミュニケーションが図れるんだったら、現状足りない部分はあるにせよ、将来的にはいけるんじゃないのかという、責任を持って独り立ちをするんじゃないかという希望も込めて、パーンッ!!って散った方が良いなと思ったの。」
ー玉木さんとしては、満を持して馬車にのって、作品の配送がてら観て回りに行くという(笑)。
玉木「そう!!それぞれ私のお気に入りの場所を分散拠点にしてるからどこに行ってもきもちいいし、お客様もそれを観てもらえたら愉しんでもらえるんじゃないかと。」
ーなるほど…
玉木「で、一度にはtamaki niimeを観きれないから、一泊しようかな…となって、『niimeの家』で宿泊してもらえるようにする。」
ー加古川の流れを渡って、というのも良い気がします。コットン畑も眺めながら…モノづくりの背景が見えやすい、感じてもらえやすいですね。動物ちゃんたちの姿も見えるし…。tamaki niimeの自然に即したモノづくりを、回遊することでトータルに体感できるみたいな。
玉木「はい。何とか今年中に。今のここの場所に動物さんたちも含めてギュッとコンパクトに集まっていることが、私たちには理解可能だけど、お客様にしたら何のこっちゃわかりにくいくらいにあらゆるものが集まり過ぎてる。」
ー確かにそうゆう面はあるかも。密集度がすごいですからね。
玉木「そう。だからもう少しお客様に親切にするには、分けて“展示“した方が、わかりやすいよね、という意味合いもある。それぞれ見どころが違うんじゃないという。」
ーそれこそ、それぞれが“niime村のテーマ館“みたいな(笑)。いよいよ今年『niime博』復活かも。
玉木「そうなんです!一年遅れの“万博“が。それはできるかも。」
ーいろんなtamaki niimeの観どころを回遊するような『niime博2026」が。
玉木「できちゃうでしょ?」
書き人越川誠司
Original Japanese text by Seiji Koshikawa.
English translation by Adam & Michiko Whipple.

